介護老人保健施設 しょうわ
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35 ゆめのつづき「えぼら」な夜

 目覚めるとそこはシェルターだった。杉戸町で「えぼら」が流行したということは耳にしていたが、どこから記憶がないのだろう。ぼくはシェルターの中にいた。しかしシェルターの中も安全とは言えない状況だ。次々となだれ込む避難民。すべてが感染していない保証はない。もっと他に安全な場所はないのか。

 ぼくはシェルターを出た。もっと安全な場所を探して。埼玉は危険だ。千葉ではどうやらまだ流行していないといううわさを聞いた。ぼくは柏を目指して16号線を東に進むことにした。
 しかし、柏インターまで来ると、ぼくの考えが甘かったことを知った。逃げようとするのはぼくだけではない。考えることはみな同じだ。そして流行は柏にも及んでいた。
 どうするか。これ以上先に行っても土地勘はない。かえって危険だ。仕方がない。ぼくは川沿いを歩き春日部を目指した。なぜ川沿いなのかはぼくにもわからないが・・・。

 春日部のシェルターに着いた。何時間歩いたのだろう。のどが強烈に乾いていた。「水」、そう思って周りを眺めたら、一人の若者がぼくに飲みかけのペットボトルを差し出した。口渇は正常な判断能力をぼくから奪っていた。手渡されたペットボトルの水を一気に飲んだ。直後に若者が血を吐いて倒れた。ぼくも「えぼら」にかかったに違いない。
 絶望の淵でどうでもよくなった。どうせ倒れるならもっと広いところがいい。そう思いシェルターを出た。シェルターの外では猫が血を吐きながら、垂直に立ち上がった塀を横に走り抜けていった。ジブリの映画のように。

 さまようぼくは、住宅街の一角に奇妙なものを見つけて近寄った。なんとそれは樹になりかけている人間だった。まだ口が利けそうなのでぼくは「なぜ」と問いかけてみた。すると樹になりかけた人はこう言った。「樹になると『えぼら』にはならない」。ぼくもすぐに樹になることにした。
 両足が樹になり始めたとき、猛烈な足音が近づいてくることに気付いた。数十、数百。遠くの砂埃が段々と近づいてくる。目を凝らしてみるとそれは、バッファローの群れだった。井桁のように走る道を縦横に、そして僕に向かってバッファローが走ってきた。このままでは踏みつぶされてしまう。「えぼら」にならない方法を見つけたのに、バッファローに踏み殺される。そんな人生はいやだ。まだ残る膝から上を使って、家の陰にぼくは飛び込んだ。
 次の瞬間、頭部にものすごい衝撃が走った。何が起こったのかよくわからなかった。左耳がしびれと激痛に襲われた。何が起こったのか必死に考えた。
 そして僕は知った。ぼくはベッドから体を半回転ひねりながら飛び、ベッドサイドのごみ箱に頭と左耳を打ち付けたんだ。流れ出る血液をタオルで抑え、凍らせておいたペットボトルで冷やす。傷の状況を確かめたいが、ぼくの目は横についていなかった。
 「耳介軟骨断裂」の診断で4針縫合。全治1ヶ月。
そしてまだ僕の左耳は痛む。「えぼら」な夜は終わらない。