介護老人保健施設 しょうわ
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『人材不足が招く老健の崩壊』

病院経営 2月5日号に掲載

はじめに

 医療業界では、特に医師、看護師の需要に対する供給不足が取り上げられている。
 では、医師や看護師は本当に不足しているのか。人口当たりで比較すると、日本の医師数は世界保健機構(WHO)の2006年版「世界保健報告書」では、人口10万人当たりの医師数は198人で、世界63位である(比較年度は2002年)。看護師は27位となっている。順位としては低いといわざるを得ない。しかし、それだけで今の供給不足が説明できるか。
 その原因としては、ベッドが過剰であることと、ベッド稼働率向上のために、平均在院日数が他の国と比較して長期であることが考えられる。例えば、自治体立病院の赤字問題が取り上げられている。一般企業では需要予想をして供給体制を整備するのであるから、地域で本当に必要であれば当然黒字となるはずである。赤字運営されている現実は、「地域にとって必要だ」という言い訳がまかり通ることが問題なのではないか。
 例えば、今問題となっている療養型病床である。療養型がなくなると「介護難民が出る」という言い方は間違いである。いわゆる老人病院から療養型を整備する時に、収容するための箱をつくりすぎたのである。
 療養型すべてではないにしろ、80年代に本来なら、今でいう生活モデルに基づいた施設整備をしなければならなかったのに、医療モデルの範疇から抜け出せない老人の収容施設である老人病院、療養型病床を、需要という名のもとにつくりすぎた結果である。
 当時は、生活モデルという考え方がなかったから仕方ないといえばそれまでだが、それがいつまでも存続することに問題がある。例えば、療養病床の10万床を老健に転換すれば、単純計算で2,000人の医師が療養病床から解放される。看護師では約3,000人である。また入院にかかる費用も、介護保険と医療保険を別の財布として考えるからややこしくなるのであって、社会保障費という1つの財布にしてしまえば、療養型より老健にすることで2,500億円の費用削減になる。
 さらに、看護師では7対1基準を満たそうとして獲得競争が過熱しているが、在院日数20日以上の病院にこれだけ手厚い看護師を配置する必要があるのだろうか。看護師より介護福祉士を重点配置したほうが、より低コストで質の高い生活モデルが提供できると思う。
 もう1つの原因として、資格は持っているが就労していないという実態である。働く女性の問題として「子育ての両立」、つまりは院内託児など就労環境整備ということが言われるが、環境を整備すれば就労するのか。当法人は、老健開設時から託児所が施設の中にある(平成19年 第1回埼玉県あったか子育て企業賞・奨励賞受賞)。しかし、全職種に効果があるとはいいがたい。リハビリ職は産休後の復職に効果がみられているが、看護職については限定的な効果しかない。後述するが、この現象は仕事に対する「やりがい」や、専門職としての価値観が影響していると考えている。
 反論、批判は覚悟のうえで、インパクトの強い話から始めさせてもらったが、今、必要なのは「選択と集中」という考え方である。みんなが平等にではなく、持てる機能に必要なコストを配分していくことが大切だ。機能現状を今までと異なる視点、医療、福祉業界の考え方、見方から一般企業の考え方でみることが必要ではないか、という意味であえて提示したことを理解いただきたい。

当法人における採用の実体

 表1は介護保険施行後からの応募数と採用数である。他施設に比べ採用数が多い理由としては、デイケアの拡張を順次行ってきたことと、離職率が高いことである(表2,3)。






 採用状況については、表を見てもらえば一目瞭然だが、介護職については新卒、中途の応募数は明らかに減少している。特に平成17年、18年度の2年間は非常に苦戦した。養成校を回っても、募集広告を出しても、応募者がゼロということもあった。来年度の採用に至っては、採用基準を下げざるを得なくなった。
 ところで、この表のもう1つの特徴として、老健施設では病院併設などを除けば、どこも今なおリハビリ職の採用が難しい状況が続いている。しかし、当施設では順調とまではいかないが、徐々に採用数が増加している。リハビリ職については、募集広告を出すことはまれで、養成校回りと、その学校の実習生受け入れによる新卒採用と、口コミが大きく影響している。

介護労働市場


 介護職の始まりは、特養の寮母さんと補助看護師に代表される無資格者であった。その後、ホームヘルパーや介護福祉士の制度が整備され、現在に至っている。私が介護の世界に入った15年前はちょうどバブルがはじけた頃で、就職氷河期などともいわれていた。それでも介護保険が始まるまでは、大学卒が働くような職場ではなかったと思う。介護保険施行前は、「介護は理論」ではなく、ただ「熱い思い」で仕事をしていたように思う。当然給与も高くはなかった。
 平成12年の介護保険施行は、介護というものが社会的な認知を受けた瞬間だったのではないだろうか。その後は、大学や専門学校で介護論的な教育を受け卒業した職員が続々と、介護の現場に就職するようになった。しかし、この頃は完全失業率が5%を越え、デフレと就職難が長期に続いた時期でもあった。高校の進路指導では、特に目的がなければ「とりあえず食っていけるから」という理由で介護職となることを進められていた。
 それがこの2年の間に、採用環境は激変した。1つは景気が回復基調に入ったこと。もう1つは介護職の給与が他職種と比べ非常に低いということが、テレビや新聞などで問題視されたこと(特にNHKで取り上げられたことが大きかったそうだ)で、社会的に認知されたことである。
 この7年の間で本当に雇用環境が改善したのであろうか。確かに団塊の世代の大量退職問題や、輸出主体の製造業の業績が好転していることで、新卒採用については改善しているように思える。しかし、ニートやフリーター、ワーキングプアの存在と増殖を考えると、人手不足とは一概に断じることはできないのではないだろうか。働かない、働かなくても生きていける層が増え、相対として人手不足となってはいないだろうか。要するに人材といわれる労働者の獲得合戦が起こっている裏で、確実に仕事をしない人も増加している。
 労働者からみれば、賃金や見た目の綺麗さでは、われわれの働く現場は色褪せて見える。しかし、それだけでは現状を説明できない。
 あえていわせてもらえば、介護という仕事に魅力がないのである。ちょっと冷静に周りを見渡してみてほしい。寝たきりというだけで、オムツに排泄を強要していないか。認知症だからといって、つなぎの服を着せていないか。食べこぼすといって、ビニールのエプロンを着けさせていないか。介護省力化といって、安易に機械浴に沈めていないだろうか。
 ほんの一例だが、今の特養や老健、ましてや療養病床がなぜ静まり返っているのだろう。およそ人がそこで生き、生活をしていると感じられない施設が圧倒的ではないだろうか。業務という言葉ですべてを片付けていないだろうか。「人手がたりない」、「時間がたりない」、「予算がない」と言って、すませていないだろうか。
 少なくとも私が施設を利用する立場だったら、高級有料老人ホームのサービスまでは期待しないが、今の施設を今の単価で利用するには不満がある。はっきりいって、利用はしたくない。自分の施設もしかりである。「介護報酬が低すぎる」と言うなら、質を高めて自己負担請求をしてもよいのではないか。低所得者の問題を口にする方がたくさんいるが、それは多額の補助金が注入され、なおかつ税金がかからない社会福祉法人が担当すればよいのであって、医療法人は正当な報酬を請求してよいと思う。
 自己批判が長くなってしまったが、人材不足の根底には「働き甲斐」、「達成感」、「感謝される喜び」などということが感じられない職場環境が存在するのではないだろうか。
短期的にみれば、自らの利得を最大限にしようと行動する利己的自己に基づく行動が起こる。しかし長期的な視点に立てば、人はゲーム理論では説明のつかない利他的自己に基づいて行動するようになる。振り返れば80年代、いや、それ以前には前述したような「熱い思い」で介護現場をリードしてきた人は無数にいた。
 表2をもう一度見ていただきたい。平成14年、15年度とそれ以後では、平均在職月数と離職率が改善している。「働き甲斐」を持てるように教育制度を改革した結果である。長期的な視点で人材を育成するために方向転換した結果である。
 また、リハビリ職の動向を見ていただきたい。開設当初は基準人員を確保するのに苦労したが現在は、十分な人数が確保できている。不足の理由として「一人職場が多い」とか、「教えるものがいない」と一般にはいわれているが、リハビリ職は少なからず「やりがい」を探していると思っている。

これから

 報酬が少ない。人が集まらない。しかし、われわれは今まで、厚生労働省を向いて仕事をしてきていないだろうか。役人の一挙手一投足をじっとうかがい、方針が出てから初めて行動をする習慣が身についていると思う。利用する者と向かい合って仕事をしてきたとはいいがたい現状がある。例えば老健では、「医療はできない」と思っている職員が非常に多い。これは経営者の責任である。老健は「医療をやってはいけない」などとは、どこの法令、省令をみても書かれていない。ただ「包括払いでやっても持ち出し」と書いてあるだけだ。
 目の前に発熱している患者がいるのに、医療はできないからといって病院に送っていては、看護師など医療スタッフのやりがいをそいでしまう。しょせん「老健は楽だから」という看護師の集まりになってしまう。当然、士気は低下する。当施設では医療にも積極的に取り組んでいるが、看護師の状況をみていただくとおり、「楽だから」と考えて面接にくる者がとても多い。また、入職してもその1日の仕事をするだけで、連続的に看ようとする者はなかなか集まらない。
 これからの解決策として提案したいことは、以下のことである。
 ・各職種専門性を発揮できる環境を整備する。
 ・各職種がその専門性を生かし、チームで対応できる環境を整備する。
 ・その中でやりがいを見つけ出せるように指導する。
 ・「大変だがやりがいのある仕事」を社会にもっとアピールする。
 だいぶ観念的な話になってしまったが、今すぐにこれという解決策は見つからない。給与を上げれば人は一時的には集まるであろうが、その給与に慣れてしまえばそれまでである。以前、読んだ文献に、看護師は希望する職場として「教育システムが充実している」ということをあげているが、実際に働く職場としては「給与、雇用条件がよい」とされていた。この状況は当分の間、変わるまい。
しかし、それを嘆いていても始まらない。まずできることから始めること。それは給与が安いことを認知してもらうよりも、この仕事がいかにやりがいがあるかを認知されるように、労働環境を整備することが肝要ではないだろうか。