6月、小雨まじりの午後、繁華街のアーケードには不似合いの、ちょっと洒落た画廊。そこに不似合いの私がいた。
 店内は、色鮮やかな版画が並んでいた。興味のない私。立ち止まるたびに、店員は説明をした。しかしその言葉は雑音でしかなかった。
 私は一枚の絵の前で止まった。
「ロマンチックバレー」
あたり一面の花の谷、甘い香りに誘われて妖精たちが訪れる。
「ロマンチックバレー」
ここで、最期の時を迎えたい。
 柔らかな世界。夜明けか、夕暮れか。優しい光り、ほのかに甘い風の香り、そして窓からは愉しそうな、子どもたちの笑い声がこぼれてくる。
 店を出てからも、妙にあの絵が気になった。
 そして10月。あの日のように小雨まじりの午後に、あの絵と再開した。
「ロマンチックバレー」
 ここで、最期を迎えたい。思いは変わっていなかった。
「ロマンチックバレー」
 この谷を旅したい。願いはきっとかなうだろう。

「ロマンチックバレー」/塚本馨三作
協力:グランプリアート株式会社